鹿児島市小松原のラ・サール学園(中学校・高等学校)オフィシャルサイト

理事長・校長挨拶

ラ・サール学園理事長 ホセ・デルコス

ラ・サール学園理事長ホセ・デルコスの画像

皆さんは、「からしの種」をご存知でしょうか?
土に蒔くときは、地上のどんな種よりも小さいのですが、蒔くと成長してどんな野菜よりも大きくなって、草の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張ります。

昨年、ラ・サール学園は創立65周年を迎えました。
古くて、豊かな歴史を持っている日本の中で、65年間は大したこともないと考えられる人がいるかもしれませんが、1950年の小松原の浜辺のことを思い出される方にもし聞いてみたら、その小さい砂粒で遊んだ彼らはその時から今までの自分の人生を見て「からしの種」のたとえ話のように「成長してどんな野菜よりも大きくなり、草の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張っている」と言える方が多いと思います。

これから、私たちは複雑な21世紀の挑戦に対してふさわしい責任感のある人間になりたいと思っています。
グローバル化で貧富格差、争い、飢え等は別世界の問題ではなくて私たちの目の前で見える事実になりました。それに対応して聖ラ・サールの伝統を守り、頭と共に、心を育て、自分の手を恵まれていない人の方に伸ばせる人間になりたいという憧れをもたらせるのはラ・サール教育の特徴であると皆が言えるようになりますように。

今はそういう教育の種を蒔く時間です。そして、今よりラ・サールの木は成長しつづけ、もっと大きくなり、その正義と平和の陰に兄弟のように誰でも巣を作れるようになりますように。

理事長の署名

ラ・サール学園校長 ドミンゴ・ビヤミル

ラ・サール学園校長ドミンゴ・ビヤミルの画像

ラ・サール学園は、広く豊かな隣人愛の精神を養い、素晴らしい人間教育活動をしております。

85年前、ラ・サール会の最初の4人のカナダからのブラザー達が、日本にやって来ました。
最初は函館で学校を設立する予定がありましたが、いろいろな困難に遭って、その夢が実現できず、仙台に移動しました。仙台で外国語を教えるようになりました。しかし日本に着いた3年後、戦争が始まりました。しばらく自宅に監禁されてから、強制収容所で抑留されたという困難もあったそうです。

戦後、ブラザー達は諦めず、仙台に戻りました。思いやりをもって、戦争孤児および流浪の小児のために尽力するようにし、ラ・サールホームという児童養護施設が誕生しました。2年後(昭和25年)鹿児島に招待されて、ラ・サール高等学校が始まりました。10年後(昭和35年)、最初に計画された函館ラ・サール高等学校が生まれました。

私は初めて鹿児島に来た時、どうしてこの遠い鹿児島までラ・サールが来たのだろうかと考えていました。確かに、いろいろな出来事がありながら神様の導きではないかと今は考えております。私もなぜ全然知らない鹿児島まで来て、一緒に歩んでいるのかと聞かれれば、神様の導きに違いないと答えるでしょう。

ラ・サール会としては日本における使命実現のために次の4つの基本理念を前提としております。

  1. キリスト教的人間的教育による奉仕
  2. 共同体(ファミリースピリット)の証し
  3. 貧者への優先的奉仕
  4. 連帯>

したがってラ・サール会としての日本管区使命宣言というのは、次のようになります。

「日本のカトリック・ラ・サール修道会はラ・サーリアン(ラ・サールに関わる人)と連帯し、聖ラ・サールの精神に則り、社会的に恵まれない、または特別な救いを必要としている青少年に対して学校、福祉施設での活動を通じて、精神的世界への心の扉を開いて、キリストの良い知らせに出会えるように導き、調和のとれた、充実した人間的成長の機会に恵まれるように努めることである」

今後とも伝統を守りつつ、生徒・保護者の皆様の期待にしっかりとお応えしたいと思います。

校長の署名
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